小説らしきもの その7

国連軍北朝鮮侵攻部隊の第一陣は、対馬沖海戦の1週間後、舞鶴、佐世保の両港から、米空母
任務群の護衛の元、北朝鮮上陸に向けて出港した。日本海上で合流した侵攻艦隊は、元山に
針路を向け、韓国、北朝鮮両軍に対する厳重な警戒態勢を維持していた。
上陸作戦の主体は専門家というべき、米英の海兵隊、2個旅団が実施する予定であった。この
部隊により、元山橋頭堡を確保、続いて第二陣の機甲、機械化歩兵師団3個が元山周辺地域を
確保、前線航空兵力の展開と補給拠点構築を行う。続いて第三陣である重火力部隊及び対空
部隊が展開、38度線への警戒を多国籍部隊に任せ、追加の2個師団と合わせ、計5個師団が、
北朝鮮内へ侵攻する。
日本自衛隊は、習志野の空挺が第一陣に参加する他、機甲部隊の一部、重火力部隊の一部など
を受け持つ事になっていた。
世界で最も経験のある、米両用戦任務群(含む空母任務群)による事前掃討は苛烈という表現
が最もふさわしかった。北朝鮮航空、海上兵力を空母艦載機により排除した後、元山の北朝鮮
陣地、特に対空兵器、重火器に対して、日本本土からの航空機も含めて、執拗なほどの反復
攻撃を加えた。それと同時に、艦砲射撃により、海岸堡を精密に叩く攻撃も行っていた。

上陸前夜、自衛隊第一空挺師団の一部も含む、特殊戦部隊がヘリボーンにより元山後方に降下、
補給線かく乱と敵特殊部隊の浸透を遅延させるために展開し、上陸の全ての準備は完了した。
上陸は、二手に分かれて行われ、LCACによる上陸は、元山北方3Kmの海浜、一部歩兵部隊は
元山港埠頭に強行着岸上陸後、港湾施設確保という手順で進められた。
港湾確保の上陸部隊のために、日本政府は国内企業所有の自動車運搬船2隻を有事法に基づき
徴用、これを国連軍へ供出し、強行着岸部隊の迅速な下船、展開を計っていた。
上陸は海兵第一陣、米海兵隊のみで構成された部隊が、海浜に取り付く事で始まった。すでに
幾度も実戦に参加する経験ある部隊であり、また、事前の海空からの掃討が効果を上げ、大きな
抵抗には遭わずに、海岸堡を確保する事に成功した。続いて米英混成の海兵部隊が上陸、前線
の第一波と交代、橋頭堡の拡大に着手した。相対的に海浜への上陸では、大きな抵抗に遭遇せず
海兵所属の重火力も無事に上陸、本格的な橋頭堡の確保及び、機甲戦力による元山港までの連絡
路確保へと作戦は順調に進んだ。

一方、元山港確保のため、強行着岸を目指した部隊は、思わぬ困難に直面していた。事前の偵察
により、元山港の埠頭が小型の漁船で埋め尽くされており、すんなりと着岸出来る状態ではない事
が判明したのだ。また、港湾施設を再利用するため、港湾付近への航空、海上攻撃は避けて来た
のだが、それにより元山地区の北朝鮮部隊の大半が、元山港付近に集結する形になってしまって
いた。このため、上陸部隊司令部は上陸を延期、港湾周辺地区を再掃討する必要が有ると判断し、
港湾施設周囲2Kmの範囲に対し、対人クラスター爆弾による露出陣地無力化、米強襲揚陸艦搭載
の対戦車ヘリによる、30mmガトリング砲掃射と機甲火力の発見、攻撃、などを行ったのち、
海上自衛艦3隻の先導で2隻の自動車運搬船は元山港埠頭に強行接岸を実行した。埠頭を埋めた
小型漁船は、30mmの掃射により、字義通り粉砕されていた。

強行着岸は、問題なく成功したが、事前に周到な掃討をしたとは言え、最強の生存力を持つ兵種、
歩兵は生き残っていた。いくら3万トンクラスの大型船とは言え、なんらの対弾装備も無い、民間
船舶である自動車運搬船にとっては、歩兵携行のロケット兵器程度でもダメージは大きい。
着岸以前から、小火器の銃撃を受けていたため、当初予定の、軽装甲高機動車両を先に下ろして
迅速に拠点を占拠する計画は変更され、戦車の一部を先に下ろし、歩兵の楯として、埠頭上の開け
た部分を突破、随伴する歩兵による敵拠点潰しを先行させる事となった。着岸した瞬間、最初に
ランプを降りたのは、前部に排土板を装着したM1A2戦車だった。続いて計6両の戦車が上陸し、
埠頭上の障害排除と敵火点への攻撃を行いつつ前進した。戦車に続いたのは装甲歩兵戦闘車両群
だった。これらは戦車の後ろから軟目標への攻撃を行いつつ前進、埠頭上での防御火点を形成して
行く。これらの後には歩兵が続き、戦車、装甲車を遮蔽物に前進、敵火点を一つづつ潰して行く。

自動車運搬船から、全ての人員、装備、車両が下ろされたのは結局6時間後であった。強力に敵火点
潰しが行われたにも拘らず、船が船首繋索を全速後進で引きちぎって埠頭を離れたときには、船の
上部構造は穴だらけになっていた。そして、犠牲も払っていた。接岸してもやいを取るわけには
行かない強行接岸では、誰かが船橋で操船して接岸を維持する必要があった。歩兵の小銃弾でも
簡単に貫通する船橋で、船首索は取ったとはいえ、全兵士と装備が下船するまでの間、操船を続け
接岸を維持した船員から、死傷者が出ていたのだ。
しかし、彼らの犠牲は元山港の制圧により報われた。全てが下船を終わって2時間後、海浜へ上陸
した部隊と連絡ができ、時を同じくして、敵兵力は元山港全域から撤退を始めた。これにより、
元山港は制圧を完了、すでに出港して沖合で待機していた、第二陣部隊を迎え入れるための施設整備
が急ピッチで行われていた。

第二陣は、第一陣上陸の24時間後、元山港に接岸、その搭載した人員、装備、物資を下ろし始めた。
同時に元山港の倉庫地区には、臨時デポが構築され、すでにオンラインによる流通管理が稼働して
いた。これには日本の宅配業者の協力が大きな力となっていた。ほぼ毎年のように大規模地震による
混乱を経験している日本の運輸業者に取り、この程度の物資量を臨時に捌くのは、恒例の行事に等し
かった。取り扱う貨物が、お中元やお歳暮から武器、弾薬に変わっただけで、こなす仕事は同じ、
量的には楽とも言えるものだった。結局、ここは、作戦終了時まで、補給物資供給の中枢で有り続け、
それは日本物流がいかに高効率に行われているかの直接的証左でもあった。作戦中、彼らは作戦参加
の全将兵から「ドラえもん・コマンド」と呼ばれ、親しまれ、感謝される事に成る。

第二陣の上陸が成功し、補給基地も稼働を始めた事で、作戦は第二段階に移った。北朝鮮軍の無力化
と、平壌政権の排除、拘束である。第二陣で大挙上陸した機甲兵力と機械化歩兵は、続く第三陣の
上陸を待って行動を開始した。第三陣は、各国派遣部隊混成の防御、警備部隊で、機甲、機械化歩兵
の制圧地区へ進出、占領の維持を行う役割を担っていた。
後方を任せられる部隊が進出した事で、地域維持に兵力を割く必要が無くなった機甲部隊は、急速に
前進を開始した。急速な前進に必要な制空任務は、2群に増えた米空母任務群と、英仏の空母任務群
により強力に維持されていた。もっとも、初期の航空制圧により、北朝鮮の航空兵力は壊滅していた
のも事実ではあった。
経空脅威の無い機甲部隊の前進速度は早く、北朝鮮陸戦兵力が組織的抵抗を開始した時、先鋒はすで
に内陸部に200Km以上も進出していた。初めて前進阻止の意図を持った大規模陣地に遭遇した国連
軍部隊は、突出していた機甲、機械化部隊を停止、後続の火力部隊を待って、火力制圧、機甲蹂躙、
機械化歩兵進出、というセオリー通り戦闘を実行した。潤沢な補給線に支えられた火力部隊の制圧は
弾薬使用無制限という戦闘指示を見れば、どのようなものだったか、明らかであろう。
結局、北朝鮮自慢の陸戦兵力が総力を挙げて構築した阻止陣地は、その全てをわずか1週間で抜かれる
事になる。

結局、分断された北朝鮮軍は、唯一、地形的有利に依って存在を維持する以外、その戦闘力を失った。
険阻な地形に依って存在を保った北朝鮮軍だったが、これも、補給を維持出来なければ長くは続かな
い。国連軍は、地形的に占領が困難な地区は迂回し、前線航空兵力による継続的攻撃を維持する事で
戦力維持以上の行動を掣肘していた。北朝鮮軍は、その特殊部隊も含め、過去のドクトリンを継承し
ていたが、夜間の浸透突破、後方かく乱、補給線攻撃など、センサーの発達した現代戦闘では通用
するはずが無かった。北朝鮮特殊部隊による後方かく乱対策として、各国から派遣された特殊部隊を
前進補助として使用せず、後方対策に振り当てた国連軍の作戦は効果的だった。
兵士一人一人が暗視装置を使用する特殊部隊による浸透阻止線を、夜間、少人数といえど突破する
のは至難の業だった。そして、さすがの北朝鮮特殊部隊とはいえ、狙撃されている事すら判らずに
一人ずつ倒されたり、まったく予測外の場所で集中射撃を受け、小隊規模で全滅を繰り返せば、同じ
人間である限り、正常な精神状態で居る事は無理があった。
結局、地形に依る戦力維持は補給を切られ、特殊部隊による浸透も、発見阻止されれば、軍として
その士気を維持するのは無理と言えた。北朝鮮軍は軍事組織として崩壊しつつあった。

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この記事へのコメント

ねねたん
2007年09月02日 08:16
ドラえもん・コマンド バロス!!
佐○保バーガーギザオイシス!!
佐世○のアメちゃん達は気さくなのが多いです。
カタコト日本語良くしゃべりますしねw
将校さん達は太っ腹で地元に落してくれるし。
注意しないといけないのが一部の下っ端水兵ですね。
チャンポン県はソープなどの風俗がまったくありませんから
下っ端にお水のお姉ちゃん達が、ヤラレそうになることしばしばですw
なんか左翼聖地県なんで、風俗はダメらしいです。
困ったものですw

♪なが○き~は~今日も~雨~♪でチャンポンウマスw
2007年09月02日 10:58
ねねたん様
喜んでもらえたようで、うれしいですね。ホルホル。

アメの下級階層は始末に負えません。最近では少し変わってきましたが、
以前は空港の警備なんて、そりゃ酷いもんでした。
ちょびっとでもスペイン語なんか喋ろうもんなら、もう、動物扱いされ
ましたからね。

ま、日本の平和のためとは言え、基地のある処にはご迷惑かけます。
それでは、続きをどーぞ。

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